圧倒的な知を前に

圧倒的な知を前にして、その圧倒的な知に一喝され、それでも拭えない違和感がある。
その知の集団の中で私は笑い者になるかもしれない。愚者の烙印を押されるかもしれない。でもこの自分の不快感、違和感は、心の底から本当に得心がゆくまで捨てたくない。

知の言葉を受け入れた方が何かと楽だ。得もするだろう。なにより、私自身のこの不快感、違和感がやはり愚かな情動に過ぎない可能性は大きい。
けれどやはり、それでも本当に得心がゆくまで捨てたくない。

やっぱり私が間違っていたとわかるか、やっぱり私は間違っていなかったとわかるまで、保留にしておいてもいいんじゃないか。その上で、波風立てずよしなにやっていくのも良いのでは。